ルネッサンスリュートでバッハの試み

無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007 試作

編曲について

アルマンド

クーラント


バッハが弾きたい、でもバロックリュートがない。

あっても弾くのは難しいだろう・・・

当然、バロックリュートとルネッサンスリュートの調弦は違う。

なら、ルネッサンスリュートをバロックリュートの調弦にしてしまえは・・・

しかし、弦の数も本体の構造も違う。

それなら、元の曲をルネッサンスリュートで弾けるように編曲すれば・・・

と、言うわけで、ルネッサンスリュートでバッハを弾くことを試みた。

無謀な事である・・・

でも、演奏家やプロじゃないんだから、

個人の楽しみは、色んな楽しみ方があってもいいと思う。

で、編曲して演奏してみたのが、

無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007。


バッハとリュート曲

バッハはドレスデンの宮廷から帰ってしばらくしたある日、弟子のアルトニコルを呼んだ。
「先日カイザリング伯爵邸に招かれた時、リュート奏者のヴァイスさんを紹介されたよ」
アルトニコルはそう言われて目を輝かせた。
「えっ、ヴァイスさんにお会いになられたんですか!?」
ヴァイスは当時バロックリュートの最高の大家だった。
「ああ、その時ヴァイスさんのリュート曲を何曲か聴かせてもらった」
「羨ましい・・・」アルトニコルはバッハの弟子の中でもリュートを弾く。
「そこで私もリュートの曲を書いてみたんだよ」
「そうなんですか!私に弾かせてみて下さい!」
「そのつもりで君を呼んだんだよ」
バッハはそう言うと何枚かの譜面をアルトニコルに渡した。
「これは先生のチェンバロソナタではないですか?」
(*注1)
「そうなんだ。私はリュートを弾かないから、今一つ要領が得ない。そこで私の作品の中から、
チェンバロとチェロとバイオリンの中から何曲か編曲してみたんだよ」
アルトニコルは後にリュート組曲第一番BWV996と呼ばれる曲を弾いてみた。
前奏曲の冒頭、トッカータ風の流れるようなパッセージを、流暢に弾き始めた。
半終止から早い対位的なプレストに移る。一小節が終わるとすぐ二小節目から二声目が追いかけてくる。
そして三声目の旋律を弾き始めた時、アルトニコルの指が止まった。
「この部分を弾くのは不可能です・・・」
「どうしてかね?」
バッハは不満そうだ。
「はい。あの大ヴァイスさんでも無理です。なぜなら・・・」
リュートはその性格上、同弦にある違う音を同じに出すのは不可能である。もし必要であれば、片方の音を別の弦で出さなければならない。
しかし、音の度数によっては指板の弦を押さえるには、フレットが離れすぎて指が届かないのだ。
「そうなのか・・・。ならこれはどうだね。単線律のバイオリンの為に書かれた曲だから、それだけ弦のあるリュートなら弾けるだろう」
しかしアルトニコルは言った。
「この曲はホ長調でニ調のリュートでは弾けそうにありませ
ん」(注2)
「ならこのフーガはどうだね」
(注3)
「これだったら何とかなるかも。しかし五線譜で書かれているので、タブ譜に書き直さなければいけません」
「そうか。ならアルトニコル、君やってくれたまえ」
こうして、今残っているのが、アルトニコルが写譜した、フーガト短調BWV1000である。
バッハはチェロ曲を編曲したものについては何も言わず去って行ってしまった。
おそらく今までの話からリュートでの演奏は無理だと思ったのだろう。
しかしアルトニコルは思った。チェロの曲が一番リュート向きなのに・・・と。
(注4)
バッハはこの時以来、リュートの曲を作る事を断念したらしい。
六曲セットになる筈のリュート組曲は五曲目で断念され、前奏曲とフーガ、アレグロだけが残された。
(注5)
多分これは無伴奏バイオリンソナタ第一番と同じ形で残された筈である。
おそらく第三楽章には短調の緩叙楽章、サラバンドが入る予定だったのだろう。
そして第六曲目は前奏曲だけが残された。
(注6)
こうして残されたのが、
BWV995からBWV1000までとBWV1006aのリュート作品である。

(この話はフィクションであり、実際とはまったく関係がありません)

(注1)BWV996
リュート組曲BWV996をチェンバロで聴いた時の衝撃
何十年も前、飯縄高原の何とかというところで、小林道夫氏のチェンバロ演奏会に行った。
この時のプログラムに、BWV996のリュート組曲があった。聴いた時の衝撃は大きかった。
それまで聴いたのはもともとのリュートかギターに編曲されたものだったので、
この曲を聴いた時、いかに鍵盤向きだったかわかるような気がした。

(注2)BWV1006a

(注3)BWV1000
無伴奏ヴァイオリンソナタ第一番ト短調の第二楽章と、
オルガン作品に同じ主題を使っている。バッハはこのテーマがお気に入りだったのか・・・

(注4)無伴奏チェロ組曲ト長調BWV1007

(注5)前奏曲とフーガ、アレグロBWV998

(注6)前奏曲BWV999

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